ものすごくゆっくりと、でも確実に
2014.10.07
前回エントリに続いて、武雄市行政の「新自由主義」、即ち非自由主義、反自由主義、自由排斥抑圧主義、旧型不自由主義、縁故自由主義、オレ様自由主義、わがままジャイアン主義についてまた1論。
今回は殊に「佐賀県とかいう田舎の、そのまたド田舎の人口たった5万の武雄市なんぞという所のトンデモ首長とトンデモ有権者たちが、民度の低い遅れた社会を営んでても知ったこっちゃねえやな(笑)。それで泣くのもまたそいつらの『自由』なんじゃねえの?(笑)」という人に向けて語ってみよう。


人口たった5万の、遅れて寂れた地方のそのまた特に遅れて寂れた地方都市:武雄市。
この、捨て置いて嘲笑っておけば勝手に自滅するはずの市の施政コンセプトがあなたの自由をも蝕むべく着々と日本中に触手を伸ばしているのをご存じだろうか?
CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)社に運営を委託し、TSUTAYAやスターバックス・コーヒーを併設し、雑誌やベストセラーや視聴覚資料はできるだけ新規購入・所蔵せず、うるさいくらいのBGMを流し、おカネがあって文化的でかっこいいオトナが集うオシャレな社交デモンストレーション・スペースとしての公共図書館、したがって様々な意味の生涯学習のために利用しようとする低所得層・中所得層はおことわり、あんたがたはどうせ無力なんだから税金だけを唯々諾々と払ってかっこいいオトナの高所得者のレジャーの自由を下支えする「養分」としてせせこましい日常ルーティンを頑張ってネ!という縁故第一主義の「売り渡された公共」としての「公共図書館」は、
宮城県多賀城市
神奈川県海老名市(TRC:株式会社 図書館流通センターと共同)
山口県周南市
大阪府松原市
愛知県小牧市(TRCと共同)
宮崎県延岡市
でスタート/スタート予定している。
「それで?私は多賀城市にも海老名市にも周南市にも松原市にも小牧市にも延岡市にも住んでいないんだが?」という人は本当におめでたい人で、本来なら1946年ごろの日本にでもタイムスリップして住んで独身のまま短い生涯を終えたほうがいい人だろう。


公共図書館に出かけない人ほど知らないことだが、日本全国のほぼ全ての公共図書館は「相互貸借制度」の名の下にひとつの巨大な書庫/図書館として機能している。それは、あなたが読みたい/読む必要があるという書物をなんなら1000km遠方の図書館から取り寄せてでも読める、ということである。   ※1
人口5万の市、人口2万の町などはもとより、たとえば人口70万の東京都大田区のような「大都市」でさえ、「持ってない本」はある。
国民・住民の「知への自由」を曲がりなりにもサポートするためにも税金を徴収している国・都道府県・市区町村には「あなたのその『知への自由』は、度を超えた、公益に反するまでにアンリーズナブルな、勝手な『自由』=わがままですね」と軽々しく国民・住民の知への自由上の欲求を斥けるわけにはいかない。
卑近な「たとえば話」をひとつすれば、多摩川に面する東京都大田区は長らくバス釣り雑誌『ロッド&リール』誌を区内16館のどこでも購入していなかったが、1年以上にもわたってお隣さん目黒区や近からぬ足立区から2ヶ月遅れで相互貸借制度の下に借り出し取り寄せした結果、矜持と利便性と公平性と公益性を鑑みてか、めでたく(そして順当に)同誌の購入を決めた。
バサーである私と、その他の見知らぬバサーの知への自由上のリクエストの賜物でもあろう。


さて、である。
なにゆえ長々と一見関係なさそうな話を差し挟んだかといえば、これが国民・住民の、すなわちあなたの知への自由にも関わる話であるからだ。
あなたが武雄市、多賀城市、海老名市、周南市、松原市、小牧市、延岡市の住民でなくとも、その隣、隣の隣の市区町村の住民ではあるかもしれない。
あなたが自分の市区町村の図書館にない雑誌・書籍・その他各資料を、隣やそのまた隣から取り寄せてほしいと求める時、武雄、多賀城、海老名、周南、松原、小牧、延岡の各市の当該図書館はあなた(とあなたの直近の図書館)に言うだろう —
「われわれはそんな雑誌を、書籍を購入・所蔵していない」
「われわれは雑誌や最新のベストセラーやCD・DVDを購入・所蔵したくない。それは『売り物』として利益を上げるべく、併設されたTSUTAYAで買われるべきものだから」
「われわれは、あなたの図書館から相互貸借制度の下に、わが住民の求めに応じて借り出すことはままあるが、こちらからあなたの図書館に貸し出すことは滅多になく、またそうしたくない。読みたい本があれば地元の書店で買うか、さもなくばわれわれの併設書店TSUTAYAを訪れて買ってはいかがだろうか」
「われわれは、あなたの市区町村の運営方針に興味はない。したがって、あなたの『知への自由』はあなたの市区町村自体によってサポートされればよい。わが住民の内、高所得者層はTSUTAYAの商品で、中・低所得者層はわが図書館および他所の市区町村図書館からの相互貸借によって『知への自由』をサポートされるが、われわれをフリーライダーと呼ぶのは止してほしい」
あなたがたとえ武雄、多賀城、海老名、周南、松原、小牧、延岡の各市に住んでいなくとも、その行政があなたとあなたの市区町村にフリーライディングすることで間接的に自由や権利をこっそり侵害されるのだ。
同様の「公共図書館」が日本国中20も60も100にも増えた時、あなたはどこの図書館から相互貸借での取り寄せをできるだろうか?そのための「余分な」費用は背景で誰が負担しているだろうか?
あなたやあなたの子・孫の世代は「地元の図書館になければその本は諦めるか、カネ出して買うか」と、知への自由を個人的リソース内で達成可能な範囲に限定し、その上でなぜだか税金だけを羊のように取られ続けるのだろうか?
あなたの子・孫の世代に優秀な頭脳の兆しが見えても、彼/彼女が高所得家庭に生まれていない限り「知への自由」なんて絵空事とは無縁に生きていればいいのだろうか?
日本再生?地方再生?
聞いて呆れる。
「日本」や「地方」が再生などするわけがない。する必要もないのだ。
日本や地方に住む1億数千万人の個人個人の生身の人間が、「自由に」「幸福に」生きれば済むことである。
CCC社や地方自治体に縁故のある者数千人や数十万人の自由や幸福が成就されても、残り1億数千万人がその分不自由で不幸になれば元も子もないのだ。


あなたの住まう市区町村の図書館が2014年、2018年、2020年の時点でCCC/TSUTAYA/スターバックス・コーヒーの半占有物でなかったとしても2025年にはそうであるかもしれない。
そうなった時、その徴候があなたの目に見えてきた時でさえ、あなたは変わらず言い続けるのだろうか —「それで泣くのもまたその住民の『自由』なんじゃねえの?」と?


予定は未定だが、その内シリーズその3を書かないわけにもいかないだろう。



※1
相互貸借は互恵的な制度であり、その協力関係内にある図書館は必ずしも「公共図書館」に限られるものでもない。
実際、私は約1000kmを隔てた北海道大学図書館からとあるロシア語の小説本を相互貸借制度に則り取り寄せてもらったことがある。
日本国内のどんな大手書店でも売っていなかろうその本を、所蔵し貸し出してくれるのは北海道大学の図書館だけだったのだ。
「あなたのその欲求は単なるワガママです」と私の要望がはねつけられることはなかったのである。








にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ   
にほんブログ村

プロフィール

Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
twitterでも@demosthenesZ

スポンサード リンク





ブログ内検索
基礎から学ぶなら