ものすごくゆっくりと、でも確実に
2015.03.31
すべての人間行為は不可避的に政治的である — これは多くの「自分は政治的なんかじゃないぞ」と主張したがる人にとっても否定しようがない/否定してもしょうがない命題なのだが、このエントリではそこまで包括的・哲学的な局面に踏み込むことは措いておき、とりあえず今これを読んでいるあなたとあなたの日常的な全行動がどれだけ「政治的」であるか、そしてそれを自覚した時、最小限にでもどれだけの行動を採り得るか、に絞って、なんなら「面白い実例付き」で軽く語ってみよう(実をいうと既に、「軽く語る」だけでも1エントリでは不充分になる予感がしているが)。


たとえば、こういうことを言う人がいる — 「俺が/あたしがウェブで何をどう書こうが、ウェブをどう使おうが自由だろ!?」。
たしかに、その謂うところの「自由」は、少なくとも物理的に実行可能であるという意味では「自由」である — よっぽどのこと、即ち明白で喫緊な違法・不適法行為がない限り、その「ウェブ行為」をリモコンよろしく身体的な拘束でやめさせる・止めるものなど何もない。
よっぽどのことがない限り、法・警察・裁判所の強制力によってやめさせられる・止められることだってないだろう。
では、その自由なはずのウェブ行為は、どれだけ自由であるのだろうか?
これはあなた自身のみに関わることでなく、あなたのリアル/ウェブでの友人・知人、商取引相手、家族、とりわけあなたの下の世代、あなたの部下・子弟、より端的には子・孫、そしてかれらの友人・知人に関わることでもある。


「ああああ親がウゼええええ!!!」 — 日本語ウェブに限っても1日5000万から50億もの機会に発信されているような不自由なウェブ言説・ウェブ行為のひとつの典型例である。
「親」の部分に上司・部下・同僚・クラスメイト・夫・妻・恋人・見知らぬ行きずりの他人等々を代入してみても同様だ。
こうした文言をウェブ上で発信することそれ自体は、「禁止されていない」という意味でならたしかに「自由」かもしれないが、それは精神的に不自由な人間が、同等に精神的に不自由な人間に向けて、自由なつもりで自由に発している不自由な言説である。
まともな人間は(というか、その人間がまともな思考力でまともな行動を心がけている際には)こうした無価値な文言・言説を相手にしない。
こうした不自由で無価値・無益で代替可能に非個性的な発信をしている人間は、その度ごとに自由であることを少しずつ失っていき、自由で有意義・有益な発信をする自由を失っていく — 端的には「誰もそれを読まず、相手にせず」「したがって100の発信が0の発信として扱われ」「もはやウェブのどこででも発信が無発信と同じになる」という形で。
せっかく「自由にウェブで発信してる」つもりが完全に時間のムダとなり、あまつさえ「自分を相手にしない『世間』へのルサンチマンをこじらせさらなる不自由に囚われた存在」となるのがオチである。


これは「政治」だろうか、政治じゃないだろうか?
これは「政治的現象」だろうか、そうじゃないだろうか?
この時、この人の前にあるのは「政治的選択」だろうか、そうじゃないだろうか?
そう、もちろん政治的であるのだ。
首肯できないという人は、自身がよっぽど「政治」「政治的」の意味を狭く限定的に捉え考えているということを見つめ直すべきだろう。
一般的に狭義で謂うところの「政治」は、他のあらゆる政治総体のいち局面での限定的表れにすぎない。
われわれ — 小さく見積もっても21世紀前半の日本に生きるわれわれは、多かれ少なかれ、自覚的・無自覚にを問わず、好むと好まざるを問わず、明示的・非明示的にを問わず、そういう意味での広義の「政治」に巻きこまれ携わっている。


ウェブ、もしくは「インターネット」は共有財産である — 日本国や日本列島や地球や、都道府県や市区町村や、日本社会や人間社会や「この時代」や「日本経済」や「知の総体」がそうであるように。
そして共有財産である「場」にゴミをまき散らし、あらゆる物理的/非物理的リソースを浪費されるがままにしておくのは「政治的犯罪行為」に他ならない。
孤島で完全に「社会」と隔絶して完全に「自力」だけで自給自足生活を独りっきりで、しかも一生送ってない限りは、すべての人間にこのリソース配分・シェアに関わる「政治」と無縁でいないという義務が生じるのだ。


この「義務」、なんなら「責務」を忠実に自分の中で果たそうとするのはとてつもなく困難/不可能のように思う人がいるかもしれないが、そんなことはない — 実際私自身は、それを造作もない日常的プロシーデュアとして、ほぼ無意識にと言っていいほどの頻度・確度でやっている。
興味のある人は似たような行動様式を、たとえば1日間たとえば1週間試してみるといい。


たとえば私は、「まとめ」と総称できるサイトを一切観ない。
もし万一「まとめ」系のサイトに欲しい情報があったとしても、それは「キャッシュで観る」のだ。
「キャッシュで観る」なんてことはウェブを使っていたらもう初歩中の初歩の常識的知識なので詳述しないし「ググって」もらうしかないが、簡便に言えば「そのサイト/ページのコピーを観る」ということだ — 普通はグーグルによるコピーを観るということになる。












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プロフィール

Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
twitterでも@demosthenesZ

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