ものすごくゆっくりと、でも確実に
2015.04.29
このブログでもまだまだ「初動」で語るべきことどもを多量に残しているのだが、ふいに思いついたこのシリーズ「リバタリアニズムの事例研究」では、「これこれこういう考え方がリバタリアニズムである」という言説ではなく「リバタリアニスティックな人間ならたとえばこういうふうに物事を視る。それについてあなたはどう思い考えるだろうか」という言説を通して、日本ではまだまだ理解されざる、それどころかまったくの正反対方向に誤解されているリバタリアニズムを、「面白い読み物」的に側面作戦的に説いていく。
この日本においても、よっぽど「頭のカタい古臭い偏屈道徳ジジイ」でない限り、老若男女問わず直感的・直覚的・非意識的・未意識的リバタリアンは少なからずいるのだが、そういう人もたいていは、リバタリアニズムについて一切読んだことがないか、および/もしくは、リバタリアニズムを知らない人間によって物された誤ったリバタリアニズム観/論を齧り読みしたことしかないかであるため、「実際には少なからずリバタリアニスティックであるのにリバタリアニズムを敵視している人」というおかしな現象も起きるのだ。


急に話は変わって、タイトルにある本題、まず「好きな市議」についてひとり挙げ、今回の事例研究を始めよう。
神奈川県鎌倉市の市議会(以下、所謂「市会」は通常の呼称「市議会」を用いる)に中沢克之氏という市議がいる。彼は自民党員であり、したがって本来なら、常日頃自民党/自民党型政府/自民党型政治を厳しく糾弾している私が好む市議とはならない筈である。
ところが私はこの中沢市議がかなり好きだ。鎌倉市に住んでいるわけではない私は、氏の言説それ自体 — 主にツイッター、ついで程度にブログにおける氏の言説それ自体と、それが担保している筈の氏の議員活動と活動姿勢が好きなのだ。


所謂「武雄クラスタ」の一員でもある私は、ご多分に洩れず中沢市議のことを厳しい武雄市政/樋渡啓祐氏批判者として知った。
詳細はあまりに広範・膨大なものになるため端折るが、中沢氏には
・とある自治体運営通販サイトへの鎌倉市参入計画に対する疑問・疑念・不信
・鎌倉市の過去の教育長人事にまつわるいち騒動
と、最低でも2つの妥当この上ない「敵対」・批判の根拠があった。
あなたが自民党支持者であれ共産党支持者であれ、富裕層であれ低所得層であれ、給与所得者であれ事業所得者であれ、老若男女のいずれであれ、中沢氏がいち鎌倉市民/鎌倉市議としても、いち住民いち国民としても、上記2件について武雄/樋渡批判に立つのは当然であると納得できることと思う — 次の2問にあなたが答える時には。
・あなたは、収益を上げるか否か分からない事業にあなたの市区町村が乗り出し、ほんの1〜5ほどの事業者/ほんの2〜15人ほどの市区町村住民が儲かるかどうかというその事業のために、あなたが払う税金が無頓着に何の調査・検証・保証もなしに遣われるのを良しとするだろうか?
・あなたは、生徒に猥褻行為をした中学校教諭の犯罪行為を隠蔽するような教育者を、あなたの市区町村の教育委員会の上位に迎えたいと思うだろうか?
それは、政治信条や社会・経済動向によって10年20年の短いスパンでコロコロ変わり得るようなイシューではない。ヒトである限りどこの誰でも「否」と答える筈の、権利と権利侵害と自由と幸福のイシューである。
フツーにニュートラルに物事を考えるなら、「そんなことをすべきでない」「それを採るくらいなら他にいくらでも妥当に採れるものがあるだろ」で済む問題なのである。


ここでは、どっちのアンチどっちのプローであろうと、説得/折伏する労はとらないが、「単なるトンデモ」「何のこっちゃら」とあなたが見過ごすことのないよう、ウィキペディアへのリンクだけを示しておこう —
代田昭久 - Wikipedia
自治体特選ストア - Wikipedia
(「批判派」は最低でもこれくらいの批判材料は持っており、トンデモ擁護派/賞賛派が上掲記事を書き換えようと思ったら「編集合戦」を勝ち延びる必要がある。そしてウィキペディアでは事実性に乏しい記述は生き残れない)


上掲の2イシューのその後の顛末を簡便に示せば、代田昭久氏はめでたく妥当に鎌倉市から追放され大日本武雄市国に落ち延び、自治体特選ストア参画計画は一切売上が期待できないのに多額の無意味な経費で鎌倉市民の税金を無駄食いするものとして頓挫させられた。
市政/市議会の一部の利害関係者が「自分の/自分たちのためだけにする政治」を目論んだが、悪の凡才が時に抱くこすっからい野心なぞ、まともな市議がひとりいて合理的で合法的な抗戦をするだけで阻止できたわけだ。


中沢市議は、自民党員であると同時に、あるいはそれ以前それ以上に、鎌倉市民であり鎌倉市議である。
いち鎌倉市民/住民/国民であり、その上鎌倉市民のいち代表であれば、鎌倉市政が鎌倉市民の権利を収奪したり蔑ろにしたり積極的に侵害したりするのを許す筈がない。
彼は「樋渡啓祐氏のアンチであるから」ではなく、単に鎌倉市民/鎌倉市議として当然の批判をしているだけなのだ — もちろんそれは、先の佐賀県知事選において自民党中央に縋った樋渡氏、および応援を買って出た安倍晋三内閣総理大臣・菅義偉官房長官をも容赦するものではなかった。


おそろしく長くなり、また楽しくもあるのだが、私が中沢克之鎌倉市議を賛意とともに紹介したのは、別段、氏をプロモートしたいからでもなく、自由主義者が反自由主義を目撃した時、どのように自由主義的抵抗を採るかの興味深く良い証左となるからだ。
リバタリアニズムを知ろうが知るまいが、採ろうが採るまいが、氏の武雄市政/樋渡啓祐氏への批判・敵対姿勢はすぐれてリバタリアニスティックである。
また、たまたまそれは私のリバタリアニスティックな意識にも合致している — 「する政治よりしない政治」、おかしな通販サイトをド素人がやろうとするのを扶けるようなおかしな政治はしない、他にいくらでもフツーの教育者がいるのに選りにも選っていわくつきの過去のあるおかしな人間を教育委員会に迎えるようなおかしな政治をしない
それはこの上もなく簡単で妥当な最小限の政治ではなかろうか。


半分タイトル詐欺になってしまったが、「嫌いな市議」に関して「#1.5」を書かずばなるまい。できれば近い内に。









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プロフィール

Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
twitterでも@demosthenesZ

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