ものすごくゆっくりと、でも確実に
2016.05.29
普通、どの時代のどの国/地域にあっても、子の代は父母の代より頭がいい。
その父母の代は祖父母の代より頭がいい。
祖父母の代、父母の代の平均的な人間に「頭のよさ」で負けてるような人は、その同世代の同時代人にもかわいそうな遅れた人間として蔑まれるだろう。


その「頭のよさ」というのは学校のお勉強ができる/できないとは関係ない。
広い意味での「教養」「(世界的な)常識」がその人の日常生活にどれだけ不可分に根付いているか、で量れる類いの「頭のよさ」である。
卑近な例を挙げるなら、子の代は父母・祖父母の代より食品の賞味期限・消費期限にうるさいだろう。
そこでは辞書的な理解のみならず、自然科学や社会や経済に関わる幅広い「教養」「常識」が物を言う。


哀しく残念なことに、21世紀初盤の日本の現在、そしてこれから10年20年...と、子・孫の代が父母・祖父母の代より頭が悪いという時代が出来してしまいそうである。
ヒューマニスティックな寝坊助さんは「人間は頭じゃない、心だよ」みたいなことを言うかもしれないが、自分では善良なつもりの人間が簡単にいつでもどこでも「悪」に加担してしまうのは現在の日本社会を見ていれば明らかなことだ。


と、リードが長くなってしまったが、タイトルに冠したフォーサイス 、(ホントなら言わずと知れた)フレデリック・フォーサイスの小説家デビュー作『ジャッカルの日』を、あなたに、そしてあなたを通じてあなたの子や孫にオススメしようという今エントリ。
ここ数エントリにわたって「情報弱者であっては倫理的であることも難しい」論を展開してきて、ふと、現在の日本では10代も30代も50代もほとんどフォーサイス程度もロクに読んでいず、そのためありとあらゆる詐欺的喧伝にコロっとお人好しの幼児のように騙されてしまうのではなかろうか、と感じてのことだ。




読んでない人は20代でも60代でも「胸躍る大統領暗殺劇」程度のものとこの『ジャッカルの日』を捉え、たとえば『ダ・ヴィンチ・コード』たとえば『スター・ウォーズ』たとえば『進撃の巨人』等々の、読んでもいいが読まなくてもいい、読むも読まないも好きずきにとどまるエンタテインメント作品程度に勘違いしているフシがある。
読んでる人が皆知ってることは、『ジャッカルの日』は1冊で、数十冊もの政治/社会に関するノンフィクション(ルポルタージュ、論説書、研究書)に匹敵する知識と視野を与えてくれるということだ。
読んでない人はたいてい、自分の生きる「この時代、この世界」を単純素朴な昔の田舎の日常の延長線上にとどまるようなものとみなしがちだが、読んでる人なら自分の日常世界の半径10km圏内にもフォーサイス的な隠れた縁故や事情や勢力や怨嗟がフツーに転がっているのを見てとることができる。
読んでる人なら、個人の行為は必ずしも個人の行為にとどまるものではなく、社会的な事象も畢竟個人個人の選択/行為の累積の表れであるということを苦もなく呑みこむことができるようになっている。


胸躍る大統領暗殺劇ではない『ジャッカルの日』は、何よりまず1971年出版当時時点での「フランス現代史」概観書の1冊として高価値を持つ。
「ファッションと恋愛の国」くらいにフランスという国を捉えている大半の日本人には、作中のド・ゴール大統領の暗殺計画の土台となる歴史と精神風土を概説する冒頭だけでも優に3冊以上のフランス現代史本を読むに等しい価値があろう — そしてもちろん、「右翼」や「愛国者」と呼ばれるような人間/精神/勢力が犯罪やテロリズムに容易く変身する傾向を持つという、時代を超えての真理の一面をもハラハラドキドキの読書体験の内に自然と感得することもできる。
「娯楽消費とポップ文化の国」である筈の日本に、なぜこれほどまでにネトウヨ的な言説/精神があふれているかもフォーサイス読者には予見・既知の範囲内のイシューなのだ。


胸躍る大統領暗殺劇ではない『ジャッカルの日』には、大小さまざまな謀略/偽装/攻略/諜報/交渉/情報収集の実務的なメソッドが大盤振る舞いで開示されている。
そこには「悪人」にも「善人」にも「正義の追求」にも「悪への対抗」にも使える実務的ノウハウが沢山あるが、たいていの善意の田吾作どんは、たとえばグーグル検索を使う際にもそのメソッドのかけらを援用することもおぼつかないだろう。


『ジャッカルの日』や同様・同等のフィクションをおやつ代わりに読んで育った人間は、たとえ何者でもないタダの労働者タダの消費者であっても、見て瞬時にそれと知れる「悪」を — インチキ商売のようなチンケな悪事であれ政権や勢力や思潮による巨悪であれ — 見過ごしたり支援したりすることはないし、知らず知らずの内に加担したりすることもない。
フォーサイス読者であるということは、何に関してであれ、自覚した意識者であるということだ。
あなたがAKB48を楽しむ時、あなたが樋渡啓祐氏の講演会に参加する時、あなたが『2ちゃんねる』を閲覧する時、あなたが「奈良バーガー」を食する時... あなたは常に、既に「政治に参加」している。
30代や50代や70代のあなた自身に関しては「もう手遅れだ」ともし思うのであれば、あなたは子や孫の手の届くところにただフォーサイスを置いておけばいい。









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プロフィール

Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
twitterでも@demosthenesZ

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