ものすごくゆっくりと、でも確実に
2016.11.25
前回エントリに続いて、食いつきの悪い(かもしれない)「未来の自由主義と知」に関しての、カジュアルで伝わりやすく、ついでながらアクチュアルに役立つエントリをひとつ。
「自由主義だぁ?『知』だぁ?知ったこっちゃねえやなw」と言う「そこらへんのゆとり」にも伝わり、かつ役にもたち面白かろうエントリとしてみよう。
(ちなみに私は、年齢差別も世代差別もしない人間であるため、40代だろうが90代だろうが、ゆとり的言動を為す者をすべて「ゆとり」と呼んでいるので悪しからず)


このブログでも私は、グーグルのアドセンスという広告配信サーヴィスを使っているが、現行日本のアドセンス提携希望者はせいぜいでも100人に1人、下手をすれば2000人に1人ほどしか「アドセンスをやれる者」になれないということをあなたは知っているだろうか?
私もそうだが、「アドセンスなんて誰だってやれるでしょ!?」と言える人はまともな知性を持っていてまともな知的営為とともに日々を生きている人々の間に限られ、不自由な知識・知力・知性・知的行為=無知・痴とともに日々を生きている人々の多くは、たかがアドセンスごときも満足にやれず、それどころかそもそもアドセンス・アカウントを取得することすらできもしない。


そうした人々を、ゆとり世代&ポストゆとり世代と限定的に決めつけるのは容易く、また心安まることかもしれないが、私は、40代50代60代の「いい大人」がアドセンス・アカウントの取得ごときも満足にできず、1ヶ月も3ヶ月も1年もかけて、ウェブ上のいろんなところや、殊にグーグルの公式ヘルプ・フォーラムで、藁にもすがる思いで見ず知らずの回答者のお情けに頼っていることを実際に知っている。
いま現在の、たとえばこの2010年代の日本社会には、「いい大人」としてフツーの社会人生活を一見まともに送っているように見えながら、気の利いた高校生や、なんなら気の利いた小学生レヴェルにも「知」を使えない人が増えていることの証左と言えるだろう — 実を言えばいつの時代だって、「リアル現実社会」というものは面と向かっての人間同士での持ちつ持たれつのなあなあの容赦・寛容によって営まれているものではあるのだが。
働いたことのあるあなたなら誰だって — いや、それを言うならたとえば学校で他者と協力し合って何かをやったことのある人なら誰だって、「ミス」のひとつやふたつを犯し、それを責められたり謝ったり自分から改めたりで「挽回」したことはあるだろう。
そんな時あなたは、多かれ少なかれ相手の容赦を受けているのであり、そんなあなたもまた相手となる誰かを容赦して生きている。
だが、「ウェブ上」では、殊に「システム相手」では、そうしたミスは「容赦」されることはない。
システムが要求するAとBとCとD... の各プロシーデュア、ひとつひとつは単純極まる、せいぜいで「A. aaをbbせよ」「B. ddをffせよ」くらいにとどまる各プロシーデュアを、ひとつ残さず、すべてを要求されているとおりにあたりまえにこなさない限り、システムはうんともすんとも応えないことにより、あなたを100%拒絶し、撥ねつける。
「アドセンス審査に通りません!」と泣き言を述べている人たちは例外なく、各プロシーデュアを素直に理解することをしない/できないゆえに、自分の好きずきで勝手にプロシーデュアのひとつふたつみっつ... 場合によってはその全部を、不正確に不充分に行うため、ごく当然のこととしてアドセンス審査で落とされるのである。


「私はアドセンスだとか『ブログ運営』だとかにかかずらってる暇も必要もない」と言える人は幸いである。
かく言う私だって、基本的にはアドセンスにかかずらうような人間でもないし、そうでない人とこそ付き合っていたいし、実際にそうでない人とこそ多く付き合っている。
だが同時に、私が付き合っていたい/付き合っている人々は、やろうと思えばアドセンスごときは造作もなく1週間内にはやり始めることのできる人々だ。
そこにはどうでもいいことのように見えて実は大きなギャップがある。


アドセンスを実際にやっていようといまいと、アドセンスを造作もなくやれる人は、その他のどんなことでも、やろうと思えばやれる人だ(オリンピックで100mを9.9秒以下で走るみたいなことは除くが)。
アドセンスをやれる人は、コンビニで働くことも正規社員として働くことも、1年間から10年間誰とも殴り合いをせずに過ごすことも、何らかの加害者に対して訴訟を起こし賠償金を払わせることも、見ず知らずの人とウェブを通じてコミュニケートすることも、趣味を持ちそれをリーズナブルに何年間も楽しむことも... できる人だろう — そしてアドセンスをどう頑張ってもやれない人というのは、たいてい今挙げたようなことがほとんどできない。


アドセンスをやれない人というのはたいてい —
他者の権利を尊重すること、侵害しないことができない。
卑猥な、暴力的な、差別的な文言とそうでない文言を区別し、遣い分けることができない。
自分の権利・権限の及ぶ範囲とそうでない範囲を区別することができない。
自分とよく似たレヴェルのよく似た日常を送る人としかコミュニケートすることができない。
これらのことができない人は、多くの場合、他の人々が合法的に自由に幸福裡にできることを、犯罪及び犯罪的な行為を手段とせずにはできない。











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プロフィール

Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
twitterでも@demosthenesZ

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