ものすごくゆっくりと、でも確実に
2018.06.17

今回のエントリ案は、いわば「何もできない人シリーズ」のコラテラルな1篇として浮かんだ。
イケダハヤト系(以下「イケハヤ系」)の、主に10代〜20代半ばの「おこちゃま」たちに顕著に見られる「何もできない人」たちの「好きなことのなさ」が気になっていたところから浮かんだ案だ。



イケハヤ系のおこちゃまたちは、よく「好きなことして生きていく」みたいなことをハッタリのスローガンとして挙げ、極端な事例ではそれまでの仕事を辞めて、さらには高知県の山奥などに移住したりしてまで、その「好きなこと」を追求する、みたいなことを高らかに宣言しがちである。
対して、イケハヤ系への批判者は、「好きなこと」を仕事にしていたり、生計の手段としての職業以外にちゃんと「好きなこと」を持って楽しんでいたり、「好きなこと」へのエンスーな入れ込みが副業や副業転じた本業に発展していたり、という人たちが大半だ。
ごくごく普通の、「世間一般」の目からすれば、前者が5年も10年も15年もそれを自分の言どおりに続けて成功/自立/発展する余地のある安定に達した境地がむしろ後者の姿、ということにならないだろうか。
実例がもう少なからず出てきているように、イケハヤ系の「冒険」には2年から4年ほどもすれば当初の熱が冷めてしぼんでいくものが多く、熱病から覚めた元イケハヤ系の人の中には何らかの堅実な職業人としてやり直す人もいる(好例はぴーすけ氏 @pskpsk1983)。
できるだけ優しくフェアに言うなら、イケハヤ系の人たちの「好きなことして生きていく」は、5年10年それが続いて何がしかの者になった時に初めて言えることのはずなのだ。
たいていの彼らの現状は、「基地造り」のような小学生男子グループの内輪の遊びに(若いとはいえ)大の大人が年単位でかまけている、としか見えなかろう。
彼らがしょっちゅう飲み会やコンピュータ・ゲーム大会やアウトドア遊びや合コン込み(もしくはそれが主目的)の「勉強会」みたいなことで時間を潰しているのからも、それは明らかではなかろうか。
NPO法人「ONEれいほく」改め「ひとまき」の性暴力事件のような事案も、責任を持たずまた持ちたがらないいつまでもアフタースクール気分、自由になったサル気分の「男子」たちのメンタリティから生じたものと言える。



話をちょっと本筋に戻して。
イケハヤ系の彼らの「好きなこと」というのは、おおかたが「働きたくない、でもおカネは欲しい、楽して稼ぎたい儲けたい、それにはブロガーだ、プロブロガーだ!」みたいなところに集束し、そしてそこにはびっくりするくらいに「好きなこと」が見えない。
彼らは漫画が、小説が、映画が、音楽が、スポーツが、学術が、ファッションが、到底「好き」には見えない。
彼らが好きでやりたいことというのは「ブログで『ブログを書くこと』『ブログを運営すること』『ブログでカネを稼ぐこと』について書くこと」に終始しており、ゆえに、それ以外に何にも「好きなこと」がない不気味で珍しい人たちに見える。
人は誰しも、現実的リソースに迫られていない小中高生くらいの時分には、ミュージシャンになりたい、歌手になりたい、漫画家に、映画監督に、小説家に、サッカー選手に、バレリーナに、バス・プロに、プロ・ボーダーに、ファッション・デザイナーになりたいetc みたいに、好きなことから夢を見て、やがて現実に合わせて軌道修正していったりするものだが、イケハヤ系の彼らは一体、いつごろから「プロブロガー」やアフィリエイターみたいなニッチな脇道の袋小路に自分を集束させてしまったのだろう。
その上、「プロ」を自称するブロガーである彼らは、ロクに漫画ブログ、小説ブログ、映画ブログ、音楽ブログ、映画ブログごときものすらやれないのだ。
「ブログについてのブログ」「ブログをやってるボクチンの日々についてのブログ」 ー 日本レヴェルでも世界レヴェルでも、そんなつまらないブログを読みたがる層は人口の1%もいるとは思えない。











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Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
twitterでも@demosthenesZ

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