ものすごくゆっくりと、でも確実に

「税制」カテゴリー最初のまとめとちょっとした「まえせつ・あとせつ」

2013.02.16
さて、今エントリでは少し手抜きをして(?)、前回までの「税制」カテゴリーの「おさらい」と「あとせつ」、そして、とある種類の「まえせつ」をやっておこう。


エントリー6の あなたは103万円という金額の意味を知っているだろうか からエントリー8、9、10、そして11の そもそも基礎控除額が30年間変わらないなどということがあっていいのだろうか まで、私は「税制」カテゴリの下に、本当なら言わずもがなの、本当なら日本国民全体の常識と言ってもいいくらいの、税法・税制に関しての「当り前のこと」だけを書いてみた。それは当然、エントリー5の 「税金を払ってない」という言葉をあなたは正しく使っているだろうか を受けてのことであり、「政治評論をするどころか自分の税金のことさえ知らない人に政治を評論することなどできるわけがない」ということを初っ端から明らかにしておかねばというブログ進行戦略上の視点からでもある。


何度でも言おう。
政治評論をするどころか自分の税金のことさえ知らない人に政治を評論することなどできるわけがない。
自分の税金のことさえ知らない人こそが、生活保護バッシングのような無知蒙昧で世界的にも時代的にも恥ずかしいことを平気でやっているのである。
自分の税金のことさえ知らない人こそが、「ボクたちの生存権、ボクたちの基本的人権をもっともっと矮小なものにしてください」「ボクたちの生存権、ボクたちの基本的人権をもっともっと政治的な恣意によってないがしろにしてください」などとたわけたことを言えるのである。
自分の税金のことさえ知らない人こそが、自分の整理されざる個人的な感情で、自分の親でなく親世代の人間のすべて・自分の子でなく子世代の人間のすべてを、顔も生身もない仮想の人間集団として告発し「しばきあげ」し蹂躙し規制するような立法と行政に一喜一憂できるのである。
自分の税金のことさえ知らない人こそが、自分や自分の家族に「累が及んだ」時だけ泣き叫び怒り喚き、自分や自分の家族に累が及ばない時には嬉々として他人を排斥し迫害し、またそうした立法や行政を喝采とともに後押しする(もしくは賛成も反対もしないことで結果的に後押しする)のである。


何度でも言おう。
政治評論をするどころか自分の税金のことさえ知らない人に政治を評論することなどできるわけがない。
自分の税金のことを知っている人なら、たとえ年収が300万あろうと500万あろうと1000万あろうと、生活保護受給額の引き下げに反対する。彼/彼女は、生活保護受給額の引き下げが即ちすべての日本国民の「生きていくための必要経費」「健康で文化的な最低限度の生活を送っていくための必要経費」の引き下げにつながることを知っている。たとえ自分の普段の/現在の生活が経済的に納得のいくもの/満足すべきものであったとしても、「健康で文化的な最低限度の生活を送っていくための必要経費」が日本政府によって今の半分に引き下げ認定されたら自分の払う税金が10%20%30%でも上がり得るということを知っているのである。
自分の税金のことを知っている人なら、自分より収入の低い人、とりわけ可処分所得の低い人から税金を取り立てるのが紛れもない「悪」であることのみならず、自分の収入が上がらないこと・世間の景気が回復しないことの原因であることを知っている。
自分の税金のことを知っている人なら、無責任なその時々の「気分」で投票先を選んだり、無責任にも投票を放棄して自分のなけなしの参政権をないがしろにしたりはしない。
自分の税金のことを知っている人なら、自分とは一見関係なさそうな地域(都道府県/市区町村)の政治的イシューに対して無関心ではいられない。


さあ、もういい加減にやめておこう(笑)。
私の内にはこうした呪詛・告発・皮肉・スローガンが溢れかえるほどあるが、私自身もまた、同種の、そしてもっと低質で無知で根拠のない言説を読まされるのに飽き飽きしているのだ。他の言説 ー ツイッターやブログや掲示板で読める溢れかえるほどの言説でなしに、他ならぬ私のこのブログを選んで読んでくれている人に向けて私が本当に語りたいのは ー
・アクチュアル(実際的・実践的・現実的・日常的・実行可能的)であれ、ということ
・アクチュアルであるために、まず最初に最低限でも自分の税金とそれに関わる仕組みを知れ、ということ
・労働し、収入を得、納税し(でなくとも担税し/納税義務を負い)、生活する国民/住民として政治を観て語れ、ということ
・納税者/受益者/有権者/生活者として常にその権利と義務をないがしろにするな、ということ
・上記の原則を遵守しない「政治的言説」を政治的言説として読むな、書くな、口にするな、ということ
あたりであろう。


「まがりなりにも最低限の政治意識を身につけている」と言われる身になろうとするのなら、観測可能な客観的事実を下敷きに政治を語れなければならない。「自分が必死こいてカツカツの生活を税金を払って生きているのに、生活保護受給のアイツらときたら」などというなんちゃって政治的な感情的言説などは、自分の税金の実額の計算方法を知っている人ならまかりまちがっても口にしないものである。われわれ市井の国民のみならず、官僚出身の参議院議員(主に片山さつき氏)が平気でそんな言説を物し、あまつさえそれを実際の政治的行動に表すなど、まともな国民にコントロールされたまともな国家では起きるはずのないことなのだ。それは翻って、われわれ日本国民の9割から9割9分までもが、最低限の政治意識さえ身につけていないことの証左であろう。


以上が前回までの、5回に渡った「税制」カテゴリーのおさらい・あとせつとなる。
敢えて再び短くまとめるなら —
・いやしくも政治に興味があると言うのなら、必然的に税制に興味があるはずであり
・税制への興味がないのなら、その「政治への興味」はフィクションへの興味に過ぎず
・フィクションとフィクションへの興味が日本国中に溢れかえれば、誰も本当には政治への興味を持ち得ず
・その必然的結果として、日本の政治は国民の手の届かないものとなっている
とでもなるだろう。


おそらく次回「まえせつ その3」あたりで詳しく書くことになるが、私はこのブログで、リベラリズム・コミュニタリアニズム・リバタリアニズムの比較検討・止揚統合につながる政治思潮レクチャーをひとつの大きなメイン・タスクとして掲げていくつもりである。生活保護や最低生活費に関しての各エントリーは、いわばリベラリスト・コミュニタリアン側に位置する人々に対してのリバタリアン側からの信仰告白・共闘申請とも言うべき戦略上のジャブであったわけだ。ある意味で「酷な」言い方をするなら、リベラリズム・コミュニタリアニズム側にはあまりにも「カネの問題」「善き政治を行うための予算・経費の問題」「する政治としない政治、どっちが安価で可能か、という問題」に対してのナイーヴさがある、と私は考える。「税制」カテゴリーの最初のシリーズを締めるにあたって、この観点をとりあえず示したところで、今エントリーを終わるとしよう。









にほんブログ村 政治ブログ 政治評論へ   
にほんブログ村

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも

ジャンル : 政治・経済

コメント
コメントの投稿


プロフィール

Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
twitterでも@demosthenesZ

スポンサード リンク





ブログ内検索
基礎から学ぶなら