ものすごくゆっくりと、でも確実に

まえせつ その3 — なぜいま日本にリバタリアニズムが必要なのか

2013.03.17
前回エントリーの最後で私は
「このブログで、リベラリズム・コミュニタリアニズム・リバタリアニズムの比較検討・止揚統合につながる政治学レクチャーをひとつの大きなメイン・タスクとして掲げていくつもりである」
と書いた。
また、
「『酷な』言い方をするなら、リベラリズム・コミュニタリアニズム側にはあまりにも『カネの問題』『善き政治を行うための予算・経費の問題』『する政治としない政治、どっちが安価で可能か、という問題』に対してのナイーヴさがある、と私は考える」
とも書いた。
今回の「まえせつ その3」では「なぜいま日本にリバタリアニズムが必要なのか」の副題を冠し、むしろリバタリアンではないあなた — リベラルだったりコミュニタリアンだったり中道左派だったり中道右派だったり「単に保守派」だったりするあなたに向けて、リバタリアニズムが好き嫌いによる自由な選択肢のひとつではもはやなく、政治を科学的・理性的・現実的に観ようとする者すべてにとってある種必須な「姿勢」「視点」「一般教養課程」であることを、簡便・拙速ながら説いておこう。好き/嫌い、信じる/信じない、信じられる/信じられない、その立場に立つ/立たないにかかわらず、リバタリアニズムをかじった程度にも知らないという人に現代の政治をまともに論じられるとは、私には思えないからだ。


他ならぬあなたに試しに訊いてみたい。
あなたは、たとえば「私は左寄りのリベラルであり、コミュニズム/コミュニタリアニズムのみならず、リバタリアニズムにもそれなりの関心と読解・吟味を重ねてきており、その結果として現在の『左寄りのリベラル』という立場に落ち着いている」という風に自信を持って言い切れるだろうか?
あなたは、たとえば「私は完全に左寄りの、きっちり言って現代型コミュニスト/コミュニタリアンであり、リバタリアニズムに関しては当然とっくの昔に読解・吟味済みであり、その結果としてリバタリアニズムを信じるに足りないくだらない政治思想として却下済みで、かつ敵視している」という風に自信を持って言い切れるだろうか?
あなたは、たとえば「私は強いて言えば中道左派であり、またどちらかと言えば革新寄りというよりは保守派であり、リベラリズム・コミュニタリアニズムに心情的には同情的であり、そしてリバタリアニズムにはこれといった独自性・新規性を感じ得ないのでスルーしている」という風に自信を持って言い切れるだろうか?
(以下、うんぬんかんぬんと同様に続く)


逆説と挑発が過ぎたきらいがあるが、おそらくあなたのほとんどはそんな風には自信を持って言い切れないはずである。つまりあなたは、リバタリアニズムを知らないまんま、リバタリアニズムを何かのついでに通りすがりに齧り読みしただけの状態で「リバタリアニズム考慮するに及ばず」という早計に達している可能性が高いのだ。


では、リバタリアニズムを知らないままにリベラル/コミュニタリアンであることで何か困ること、不足することがあるのだろうか?そう、実は大いにあるのだ。大いにある内で最も困ること、足りないことは —
する政治としない政治、どっちが安価で可能か、という問題に対してナイーヴである、ナイーヴでありすぎるということ
であろう。


政治の問題とは、何よりもまずカネの問題 — 無尽蔵に無根拠に湧いて出るわけではない政治費用をどこからどのように調達し、誰/何に対してどれだけ何のために使うか、の問題である。リベラル/コミュニタリアンがどれだけ声高に「これこれの善き政治を、これこれの量/規模で!」と叫んでも政治費用が絶対的に不足していれば何の意味もない。また、「これこれの善き政治」の名の下に悪しき/不平等な/不公正な/えこひいきな政治が行われるようなことがあれば、むしろ元の木阿弥、その政治費用を不当に負担させられる善き国民/住民自身が泣かされる羽目にさえなるのである(そう、もちろん2013年現在進行形の日本の政治を指して言っている)。


実はそこにこそリバタリアニズムの独自性・新規性・現実性・実効性がある。リバタリアニズムとは究極のところ、「する政治」が国民/住民に余計な負担を求め続け、そのことによって国民/住民の「自由と幸福」が損なわれることをこそ問題視し批判し糾弾し、そこからの脱却を漸進的に目指す政治思想であるのだ。


そしてだからこそ、正しく理解されたリバタリアニズムは多くの(まともな)リベラル/コミュニタリアンにとっても有効・有益な思想的ツールとなり得る。読み齧られた程度で混同されている「新自由主義」「ネオ・リベラリズム」「新保守主義」とは違って、リバタリアニズムは実は多くの点・面でリベラリズム・コミュニタリアニズムと両立/併用し得る、自由と幸福と公正を旨とする政治思想でもあるのだ。


「リバタリアニズムへの初歩:軽いジャブ — そのAのbの1」程度としてここで今エントリーは閉めるが、「リバタリアニズムってやつに俄然興味が湧いてきたぜ」というあなたには、基本のキとして次のリンクと書籍2冊を提示しておこう。これらをおやつ替わりにぺろっと平らげるようになった人には、たいていの「政治的言説」がヒステリックかつ面白半分な娯楽としてのたわごとと映るようになることだろう。

リバタリアニズム - Wikipedia

 









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第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
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