ものすごくゆっくりと、でも確実に

税金を取られるだけの人と払う人 予告編として

2013.08.26
現代の日本で収入のある人は常に5000万人以上が給与所得者であり、給与所得者の9割から9割5分は自分の税金の額の正確な算出法を知らない。たいていは「年末調整」で他人任せで済むからだ。何らかの理由・必要があって自分でやることになることはあっても、その原理をきっちりつかむ人は極少数だ。必要がない時でもちょっとしたお勉強のつもりで、誰でもタダで税務署等で手に入る「所得税の確定申告の手引き」を手引き通りに埋めていけば、その算出法に含まれる各種「控除」がどういった性質のものでありいかなる根拠から存在しているものかは判るはずなのだが、もちろんわれわれ日本人には自分の損得以外に税金に対する興味など毛頭ないため、各種の「実額」以外には頭を働かすことなく終わる。


と、挑発的に始めてみたのはもちろん、「おい、勝手なことばっか言うなよ!おれはわたしは興味があるから!」という気骨や意気地のある人の奮い立ちを期待するからだ。私のいわば「リバタリアン道」は、何よりもまず自分が「税金を取られるだけの人」であることに我慢がならず、それゆえ即座に必要最小限の学習を済ませ「個人事業主」として開業届を出したところから始まっている(ここでは触れないが別宅『洗足池図書館の想いで』でおいおい)。


小物著者によるマニュアル本を、50冊めくっては3冊を選び読み飛ばしエッセンスだけを抽出し吸収する、という図書館でこそできる速成学習の途上で出会った天佑とも言うべき著作家はミルトン・フリードマンと北野弘久氏だ。この2人に共通するものなどほとんどないが、「その道」の入門者である私には、何より「自由主義と税」という視点が、ぴったりと自然に自分の心にフィットした。※1


その弟子筋にあたる人は多いので、現在からもう30年も40年も前からの北野氏の、憲法に依拠する人権論と租税学の合体としての「納税者基本権論」は、あたりまえすぎるほどのあたりまえになっていて然るべきはずなのだが、如何せん「われわれ日本人には自分の損得以外に税金に対する興味など毛頭ないため」、また、単なる生存自体の困難さが原論的学習や主張を現実レベルでは屁のようなものとしてしまった過去20年のため、いまや誰も「税制」なんぞには興味を示さず、よってトンデモ論を感情糖衣で包んだ奇っ怪な政治論だけが各所で幅を利かせている。


うん、さあ、もう今回の本題に行こう。
どの程度リバタリアンであろうとなかろうと、私はそれ以前に税金を払う/払わざるを得ない/払うことなしには生きていくことさえできない人 — 0才の赤ちゃんも含め、1億3千万が例外なくそうなのだが — なので、無頓着・無批判・無抵抗に一方的に「税金を取られる人」でありたくない。北野氏の謂う「タックスペイヤー」でありたいのだ。私がリバタリアンを自称しながらリベラル、コミュニタリアニン的にも「まっとう」なことを語っている要因はそこにある。


あなたは使途非限定で、コミコミの総体の「政治への代金」として税金を払っている。
それを受け取った国/自治体は「やるべきこと」を「コミコミの総体」としてやることが約束されていてしかるべきである。
たとえば生活保護制度は、このコミコミの総体のやるべきことのあたりまえの一部として最初から含まれている。
国/自治体が「悪いけど、生活保護制度は縮小するよ、採算上の理由で。でも税金は今までどおり取るよ」と言うとしたら、それは明らかにやらずぼったくりなのだ。
たとえば公共図書館の運営も、このコミコミの総体のやるべきことのあたりまえの一部として最初から含まれている。
国/自治体が「悪いけど、公共図書館サーヴィスは縮小するよ、採算上の理由で。でも税金は今までどおり取るよ」と言うとしたら、それも明らかにやらずぼったくりなのだ。
「使途非限定」であるといえども、たとえば国防費が歳出の40%を超えるようなことはもちろん許されないし、四国を買い取ってカネ持ちのレジャー・ランド特区にするなんてことも許されない — そんなことをする前に/そんなことをするカネがあったら、約束されているはずの「やるべきこと」が他に多量にあるからだ。
それは国民/住民が国/自治体に課した責務なのだ。


どういうわけか自分を「お上の一部」「お上側に立つ人間」と勘違いしている人々は、「たしかに財政・採算は大事だよねー。生活保護制度や公共図書館サーヴィスは縮小で仕方ないよねー」などと平気で言ってしまう。
まさにそれで食っている御用学者はおろか、その辺の学生・フリーターでさえもが。
そういう人は以下のたとえ話を考えてみるといい —

・あなたは『松屋』や駅ホームのうどん屋のような店に入った。
そういう店では「食券」を買って料金前払いがフツーである。あなたは食券を買うことでもうカネを払った。天ぷらうどん350円也。だがあいにく天ぷらは品切れで、あなたは素の、具なしのうどんを出された。あなたは「仕方がない」と具なし素うどん(本来なら250円)を素直に食べ、余分に払った100円を気前良く諦める、だろうか?

・あなたはディズニーランドのような大型レジャー施設に入った。
そういう施設では「入場料」を前払いで払って、個々に楽しむアトラクションや飲食店以外の施設総体の「心地よさ」「楽しさ」「夢のような時間」を買うのがフツーである。あなたは入場料を払うことでいつもの楽しく清潔で心地よい空間を期待する権利を得た。入場料3000円也。だがあいにくそのレジャー施設は経営難で全般に劣化しており、あなたは不潔なトイレ、不親切で無愛想なスタッフ、営業していない多くの飲食店、動いていない多くのアトラクション、と散々な時間を過ごした。あなたは「仕方がない」と素直に2時間そこそこで退場し、ただただ不快なだけだった施設に3000円払って入場したことを気前良く諦める、だろうか?


北野弘久氏が「タックスペイヤー」「払税者」という言葉にこめたのは、「税金を否応無しに一方的に取られてブーツク言うだけの人」としての国民が「税金を能動的に自発的に払うがそのリターンとしての行政(殊に福祉)を厳しく要求する人」にならない限り、国家/政府/行政体のやりたい放題を牽制できない、という視点だ。奇妙にもその思潮はロクに広まることもなかったらしく、いわばその「同時代人」であったはずの50、60、70代やそれ以上の現代日本人は、口うるさいだけの左右両翼パターナリストになるか孫大好きの好々老人になったらしい。でなければ日常的な生存自体が必死の闘いであるようなかつかつの低所得者であるのか。


このブログへの労力を私は、物理法則と同じくらい国民の生存に直接に強固に関わる「税」への意識を思考法/思想の傍らに常に持って離れることのない「確かな」政治意識を持つ人々の増殖に捧げたい。そうでなければ「政治学」「政治論」なんてものは机上の空論出し放題に容易に流れるのだ。





※1)自分でも奇妙な現象なのだが、私は北野弘久を「氏」「教授」付けで呼ばないことに抵抗を感じる。ノーム・チョムスキーだとかアマルティア・センだとか手塚治虫だとかアーシュラ・K・ル・グィンだとか呼んでも平気なのに。物故されたのが最近であり、その弟子筋の人が多数存命中である、というのも妥当な理由付けにはならない。また、「最高に尊敬する学者」というわけでさえなく、もちろんその講義を直接受けたこともないのだが。いずれにせよ、このブログでは常に自然な感情に従い「氏」「教授」付けで呼ぶことになる。









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第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
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