ものすごくゆっくりと、でも確実に

いま生活保護の何をどう語るべきなのか?

2012.07.14
このブログを始めることにした大きなきっかけは、片山さつき氏にまつわる例の生活保護論争いろいろだ。今回の件のみに限らず生活保護制度には常にあれやこれやが語られてきたわけだが、今回ほど「だから生活保護制度は問題なんだ」>「生活保護は緊縮すべし」>「生活保護なんていっそ有名無実化してゼロに近づけていこう」等々というトンデモ論が勢いを得たことはない。


「勢いを得た」というのはもちろん言い過ぎだとは思うし、杞憂であればいいと思う。実際にそうしたトンデモ論をぶちあげているのは、ごく少数の、とても理性や知力があるとは言いがたい人たちの、しかも無数の匿名の分身体だろう。だが、いわゆる無関心層というのは簡単にトンデモ論に流されやすい。また、理性・知力の人たちもまた目的達成のために「党派性を超えての連帯」のエクスキューズのもとに、この動きを緊縮財政策へ向けての論拠の一部として利用しかねない。それらが最悪の形で組み合わさって発展した先には、何であれファシズムが待っている。大袈裟に言えば、この21世紀の「文明国」に、あろうことかナチス・ドイツ、ファシスト・イタリア、大日本帝国のようなものが復活しかねないのだ。


twitterでの片山さつき氏とその(好意的な、監視目的のアンチではない)フォロワーたちの言説には、「ネトウヨの馬鹿騒ぎ」で済ませていては危険なものが多々含まれている。ネトウヨはともかく、「良識ある普通の生活者・納税者」を自認するような人々にさえ片山氏に無自覚・無批判に同調する流れが垣間見え、そっちのほうがより危険性が高いのだ。その基本線は
・在日朝鮮/韓国人が、外国人が、怠け者が、甘えた人間が、日本人でない者が、受けるべきでない者が... 等々、等々が、不正受給をしている
・ゆえに、不正受給は厳しく取り締まり、生活保護制度が正しく運用されるようにしなければならない
・さらには、ワーキング・プアより生活保護受給者のほうが所得が高いという問題を、生活保護受給額引き下げによって是正すべきだ
といったところだろう。


一見、もっともそうな、もしくは部分的・原則論的にはもっともそうな言説が並んでいるようだが、一方で全てが、恣意的にねじ曲げられて悪用されても不思議はない、ねじ曲げて悪用するのに持ってこいな言説であることにお気づきだろうか?


・何を以て「不正受給」とするのか
大阪にも新大久保にも住んでいない私には、彼らが常に鬼の首を取ったように、葵の御紋のように使う「在日朝鮮/韓国人」が正確に何のどの部分を指しているのか知らない。だが、「日本人だから」「アメリカ人だから」「黒人だから」「女性だから」「同性愛者だから」云々で全てを片付けてしまうのはレイシズムであり、レイシズムが政治的に正当な言説を生むことはない。
また、日本国籍を持ち日本に住み日本で働き日本の法律の下に日本に納税する人々をさえ「外国人」とするとしたらそこには妥当な正義は存在しない。もちろん、そうした正義の欠如はたやすく「日本人ならざる日本人」のヴァリエーションを無限に生み出す。遺伝子的に完全に日本人で日本に生まれ日本のみに住んできた私やあなたでさえ、いつ「非国民」の名の下に「日本人でない」とされるかわからないのだ。
さらには、就労活動と意識が片山氏や政府の定義する水準に達しない者が全て受給資格なしとされるようになれば、受給資格基準はどこまでも有名無実化、さらにはブラックボックス化され、いわゆる「門前払い」「水際作戦」はより進み得る。
不正受給を厳しく取り締まりゼロに近づけていくのはもちろん望ましいことだが、片山氏やそのシンパには、それとは別口であるべき勝手な付け足しが多く、しかも往々にして極端なレイシズムや懐古的で美化された「日本人」像、さらにはフラストレーション解消のための当たるを幸いのバッシング対象探しが満ちあふれている。


と、次回に続こう。
こんなものではまだまだ序の口、なのだから。









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第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
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