ものすごくゆっくりと、でも確実に

生の必須要件としての「知への自由」、イマドキの小中高大生から

2015.01.01
毎度面倒なことながら、タイトルについていくつかの「おことわり」から。
・通りよく「大生」としたが、大学生のみならず18才前後以上の各種学生をも含んでいる
・私は「イマドキの小中高大生」と近しくつきあいがあるわけでもない
が、その「小中高大生」のたいていの保護者(端的には親)よりかはその姿を詳しく近しく知っている部分がある
・「イマドキの小中高大生」の「知」の形は、実はウェブでこそよく見える
その知の形は、親にこそ見え辛いものであったりする
上記のことどもを(たとえ気に入らなかろうが)前提に、以下の論を追っていっていただこう。



極論からズバリいこう。
イマドキの小中高大生はおっそろしく「頭が悪い」。
そのことをあなたは知っているだろうか?
その「頭の悪さ」たるや、知れば知るほど目を背けたくなるほどのものだろう。
だが、あなたが人の父母さらには祖父母なら、あるいはこれからどこかの時点でそうなるつもりがある人なら、それから目を背けてはいけない。
私なんか、妻子はいないし持つつもりもないにもかかわらず、そこに狂おしいくらいの憤りと哀しさを感じるのだから。


そのことを端的にガツーンと実感したいと思うなら、たとえば『ニコニコ動画』の「ニコニコ生放送」を探ってみればいい。
あなた自身の息子や娘をそこに探そうとしなくていい(実際やってないかもしれないのだから)。
息子や娘と同年代、あるいはズバリ中2なら中2、という感じで何人かの「ニコ生主(なまぬし)」を追ってみるのだ。


彼/彼女がそこで、何らかの「頭のいいこと」をやってることはごく少ない。
彼らはたいてい、広いことよりは狭いこと、深いことよりは浅いこと、楽しいことよりは苦しいこと、誇らしいことよりは浅ましいこと、コミュニケーションよりはケンカ、等々を行っている。
彼らはたいてい、リアル日常のフラストレーションからその「放送」を行っており、「楽しんでやっている」というよりは「別に楽しくはないが、かといって他にもっと楽しく充実した『やること』もないし」というメンタリティからそれをやっている。


彼らはその「放送」、および放送に依拠したウェブ活動によって「収益」を得ることも本来的にはできないこともない。
実際、その放送を踏み台に、何らかの「芸能人」になろうと考えている生主もいないことはないのだ。
それがあなたの気に入るか否かは別として、それはある意味「収益化」の道のひとつにはなり得るだろう — 実際にはそれで所謂「芸能人」としてやっていけるのは1000人〜1万人にひとり以下、ではあるが。


彼らは本来的にはその生主活動および付随する各種のウェブ活動を、最初から計画的に1本化した、一貫性のある、体系化したメソッドに則ってやれば、月6000円から30000円くらいの副収入を得ることも難しくはないのだ。
だが、そのことを教えてくれる教師/アニキ分みたいな存在は彼らにはいない。
ゆえに、彼らの幾割かが(といっても1〜5%程度だろうが)時として「アフィ」ことアフィリエイトに乗り出すことがあっても、それは成功しないし、それどころか詐欺のカモになるのがオチだ。


実は彼らは本来的には「文化的な発信」をしていないこともないのだ。
それどころか、ものすごく文化的な、そしてインタラクティヴな「放送コンテンツ」を発信していることもある。
「生主によるニコ生放送」はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ウェブ文字メディアの数々より、ずっと先鋭的で脱中心的でコアでディープなものであり得るし、また時としてそういう生放送が行われていることもある。


にもかかわらず、だ。
それは、その生主のリソース内 — 大多数のケースではごくごく限られたリソース内で許容される範囲内でのみ、たいていはごく一時期しか、可能にならない。
端的にいえば、「生主としての放送をやめてしまう」というエンディングを迎えるのだ。



その際に問題になる「リソース」とは何か?

まずは何といっても時間である —
ここでは小中高大生を採りあげているわけだから、彼らが生主活動に割ける時間はいきおい「学生の余暇時間」となる。
彼らの多くは当然、放課後、夕食・入浴等を済ませてからの1〜5時間等を放送に使う。
そして「ニコ生廃人」ともなれば19時〜26時を放送に費やしてしまい、宿題も就寝も登校も疎か、となり、たいていは当然「親から止められる」となる。
自分の時間的リソースを有効にコントロール下に使っていれば「順当に続けていく」ことくらいは可能である筈なのだが、そもそもフラストレーション発散がその第一の目的であるような場合にはそれも容易なことではないのだ。
(ちなみに、一人暮らしの大学生であっても「親絡み」でないだけで問題は同じ)

費用というのはリソース上たいしたものではない —
にもかかわらず、ニコ生中毒者にはバカにならない支出もあり得る。
ニコ生放送をやるのには540円/月のプレミアム・アカウントが要るのだが、もちろんこれは微々たるもの。
彼らがむしろ費やすのは各種ディヴァイス — ハードとソフトに、であり、またその気分次第のアップデートに、である。
彼らはしょっちゅう、パソコン、スマートフォン、ウェブ・カメラ、マイク、ステレオ・サウンド・ミキサー、等々を、飽きたり壊したり陳腐化したりで買い替えたりするため、月平均にすれば2000円〜5000円ほどをニコ生のために使うのも珍しくない。
ある特別な娯楽のために月5000円を使うのは大人には珍しくもないことだが、そしてまた、「この5000円は出っ放しでいいもの」と割り切って使うのならまだしもだが、彼らの5000円は、何か「学生がフツーに使うもの」を諦めたり削ったりして捻出する5000円なのだ。
彼らは「楽しみのためにやるニコ生」に5000円を費やすと、一方ではいわば機会損失的に、服、音楽商品、本、雑誌、コミック、映画/ドラマ/ヴァラエティのレンタルDVD、等々への手伸ばしを、諦めるともなく諦めるという状態に陥る。
端的に容赦なく言ってしまうなら、その諦めによって「非常につまらない小中高大生」になってしまっている危険性もあるのだ。

以上から、リソース計算上見え辛いが実は重要なものがあって —
それは「精神的リソース」とでも包括的に言えよう。
やる気がある、やって楽しい、やってると心慰む、やってると承認欲求が満たされ自己肯定感が上がる、やってるといろんな人とコミュニケートできて面白い、等々、等々は「うまくいってる時」だけ得られる精神的リターンである。
多くの生主はそうした精神的リターンを何となくながら直覚的に正しくニコ生に求めて始めるのだが、多種多様なガックリやケンカや恐怖によって、要求されるリソースがリターンを遥かに上回り、よってもって「疲れたので、もう辞める」というエンディングに向かうのだ。
「説教臭く抹香臭い」親ならたいていは、「なんてバカげたことを、わざわざ好き好んで」と言いたくなるところだろうが、「彼らにはそれしかないのだ」という観点を忘れるべきでない。
その親はその息子・娘に、「学校の勉強」以外のすべてを、遠回しにでも諦めさせてはいないだろうか?
スイミングが、バンド活動が、アイドルへのオーディションが、漫画描きが、ヴィデオ・カメラでのムーヴィー作りが、その親によって諦めさせられた時、子はニコ生に向かうしかない、なんてことだってあるのである。



現代、と言ってしまうと大雑把すぎるので、この2010年代に限って言っても、今は「知への自由」がおっそろしくなおざりにされている時代である。
新しい「知」や「知財の形」や「知の活用の形」は常に現れ続けているにもかかわらず、誰よりもまず「子の親」が、そうした知への自由を子に禁じ/諦めさせ/許さず/いい顔をせずという形で封じていることも多いのだ。
親であるあなたが言うほど「立派な人」はそんなに立派なのか、知的なのか?
親であるあなたが思うほどあなたの子はダメで知的でないのか?
親であるあなたは「知」の全体のどれほどのパーセンテージを知っているのだろう?
「ニコ生で個人の生主の放送を観る」だけで、あなたはかなりキツい逆照射を受ける筈だ。



いやいやw 既にものすごく長い。
だが、まだまだこの1論(しかもニコ生主論のみでも)、終りにはほど遠いのだ。
私はまだ「ネガティヴな」面しか語っていない。
実際に親であるような人々には、その先の本来的にはポジティヴな可能性のほうをこそ知っておいて欲しいのだ。
次回以降に続けよう — 「予習」をよろしく!









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