ものすごくゆっくりと、でも確実に

「情報弱者であること」は政治的イシューである

2016.02.04
今エントリのきっかけになったのは、このブログでも水野ゆうき氏への自由主義からの包囲網 — リバタリアニズムの事例研究#1.75で「良いモン」のいち実例として採りあげた千葉県館山市議:石井としひろ/敏宏氏 @ishiitoshihiro が、佐賀県武雄市のフェイスブック利活用を賞讃するという情報弱者っぷりを見せていたのを発見したことである。  ※1
「オレ津田大介が見込んだ政治家であるからには樋渡啓祐氏は間違っていても絶対的に正しい」と仰り続けるのに拘泥なさる津田大介氏ならぬ私であれば「石井敏宏は絶対的に、常に、たとえ間違っている時にでさえ、あらゆることに関して正しい」などと言うわけがない。
このトピック単体を以て石井敏宏氏の、千葉県館山市議としての、またリバタリアンとしての自認・資質を全的に問えるとは限らないが、今エントリで語りたいことはそこにはない。
石井市議のこのイシューについては、別宅 『洗足池図書館の想いで』で、「リバタリアニズムの事例研究」シリーズでたっぷりねっちり採りあげることにして、ここでは表題のとおり、「情報弱者であること」がその人の政治的意識と政治意識自認にどう影響し得るか、を素早く短く序論程度に語っておこう(そう、既にシリーズ化の予感がするのだ)。


まず端的に、こう自問してみてほしい —
ウェブやウェブ利活用やウェブ力学やフェイスブックやフェイスブック利活用やフェイスブック力学について、自分がほとんど、あるいはまったく知らないとしたら、その自分は自治体のフェイスブック利活用について良否・効無効を判断できるだろうか、それを判断する資格・資質を持っているだろうか
— と。
あるべき解は単純で、「できない」「持っていない」となる。
良いか悪いか、効果的か無効か、意義があるかないか、を知りもしないものを「これは良いっ!スゴいですよーっ!」と持ち上げる者は、必ず、常に、嘘つきか詐欺師である。
佐賀県武雄市が前市長:樋渡啓祐氏の主導の下に行っていた市政が何から何まで、嘘っぱちの詐欺的行為で、何の役にも立たず、なおかつ膨大な無用の費用を要求したように。


樋渡啓祐氏を「政治の師匠」と仰ぐ元千葉県我孫子市議/現千葉県議の水野ゆうき氏の、上昇志向とファシスト傾向と売名行為・越権行為を厳しく批判した千葉県館山市議:石井敏宏氏も、自分の市議会及び自分の、不必要で、さらにはレジャー的息抜き物見遊山的である佐賀県武雄市視察旅行の魅力には抗えなかった、ということだろうか?
石井氏自身がフェイスブックの利用者であり、また、フェイスブックの利活用法ごときは、ソレ系の識者ならずとも単なる利用志望者ですら、「机の前で」、即ち居ながらにしてパソコン/ウェブを使うだけで、いくらでも真底まで学べように?


とあるイシュー、ツール、サーヴィスに、全く縁がなく興味がなく実際に触れもしないし触れないことで損もしないという人なら、そのイシュー/ツール/サーヴィスに関して「情報弱者」であっても全然構わないし、むしろそうあることが普通であろう。
たとえばあなたが「グーグルのアドセンス」について全く関心がないのであれば、私はあなたを「グーグルのアドセンスについての情報弱者」とは呼ばない — 呼んだとしてもあなたは「それがどうした?」と自信を持って開き直ればいいだけだ。
だがもし、あなたが「ワタシはグーグルのアドセンスについてものすごく詳しいですよ。時給1500円で特別出血大サーヴィスで個人教授をしてあげますよ」と人を勧誘しているのを見かけたら、私はあなたを情報弱者、かつ嘘つきの詐欺師と呼び、潰すべく動くだろう。
これは自由主義者にとっても(現代型の)リバタリアンにとっても当り前の行動である。


「情報弱者であること」は、今や政治的イシューである。
情報弱者はあらゆる意味・種類の「詐欺」にコロっと騙される。
とある1自治体の、とある行政の1領域において、できもしないことをできると言い張っている情報弱者が、もっと何もできない「タダの住民」の、とりわけ年輩者の情報弱者っぷりをいいことに、その詐欺的行政行為を為しているならば、それはもう紛れもなく政治的イシューである。
ここでは「佐賀県武雄市がフェイスブックをびっくりするほど使えていない遅れた自治体であること」をクダクダと証明してみせはしないが、そこでは市政や市長に批判的であるような住民のコメントは存在しないものとして非表示にされる、と言っておくだけでも十分であろう。


千葉県館山市議:石井としひろ/敏宏氏 @ishiitoshihiro が、リバタリアンとしての矜持を持って市政に参加する者であるのなら、既に為した行為の原因がどうであったにせよ、今からでもその武雄視察旅行が大きく誤りであった、少なくとも不可欠とは言えなかった、くらいの検証・反省・釈明は必要であろう。
そしてもちろん、私は石井としひろ氏の「ファン」でも信奉者でもヒーローお任せ主義者でもないため、彼がどう出ようと(あるいはどう出もしなかろうと)それは彼の自由である。
もちろんその場合、私は、以降彼をリバタリアンの皮を被った樋渡啓祐シンパ、もしくは水野ゆうきクローンとして、厳しく見ていくことになるが。



※1
参照ウェブ文献
館山市議会議員 会派別HP一覧 - 会派 たてやま21 緑風会 石井敏宏 (ウェブ魚拓)
2015/11/28更新の
「活動報告 総務常任委員会視察報告書 平成27年10月26日(月) 佐賀県武雄市」
の項








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Author:demosthenesZ
第一にリバタリアン、ある意味リベラル、ある意味左寄り。
全体主義と衆愚政治がいちばん嫌いだから、です。
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